「たっつーのこれまでの歩み」

前にボクの歩みを物語調でまとめたところ「泣きました」「背中を押されました」などポジティブな感想が多かったので復活させました。

『好きなことで食っていきたい人』『我慢を強いられてる人』に勇気を与えられれば幸いです(^ω^)

第0話 プロローグ

『どこに逃げればいいんだろう』

赤い空にポツリとつぶやいたのは、28歳の頃だった。

当時のボクは、ビデオ屋でピッピとレジを打つアルバイト店員。

店内を忙しく右往左往し、客に怒鳴られ頭を下げ、夕陽が沈むのを店舗から眺めつづけた。

1年、また1年、人生が紙吹雪のように吹っ飛んでいた。

第1話 14歳で学校にいくのはやめた

僕は14歳で学校に行くのをやめた。

ヤンチャしていたわけではない。

ただ、絵を描くのが好きだった。

音楽を作るのが好きだった。

自作ゲームを作っては友人にプレイさせてニヤニヤしていた。

とどのつまり『創作活動』が好きだった。

そんな当時のボクに、学校で過ごす時間はとても退屈だったのだ。学校に行っても授業に参加せず、校内をフラフラ歩き回ることが多かった。

1つの職業しか選べない未来も憂鬱である。

マンガ家にも、サッカー選手にも、ミュージシャンにもなりたかったが、どうやらそれはむずかしいらしい(実力的にも物理的にも)

学校の先生や同級生たちは「それがオトナになることだ」と言った。

なるほど、オトナになるには「夢を描くこと」より「捨てること」が求められるようである。

てことで、ボクは『オトナ』になる道を拒むことにした。

なぜ、そんな憂鬱な未来を好んで選ぶ必要があろうものか。嫌なら拒んでしまえばいい。

そしてボクは学校を辞め、大学に行かず、就職もせず「おもちゃ箱は閉じないッ(キリッ」と青臭い言葉を吐いて、好きなことばっかやってフラフラしていた。

相変わらずやりたいことはコロコロ変わった。

ステージパフォーマーになったかと思えば、すぐに動画編集者になり、今度は音楽活動をはじめたり。

んで、気づけば28歳にして時給900円のフリーターになっていた

くっそ

第2話 労働!労働!労働!

気づけば、ボクの毎日は「1に労働、2に労働、3、4がなくて、5に労働」になっていた。

しかも時給は900円。就職した同級生たちの給料には、逆立ちしても及ばない。

それもそのはず、ボクが「大人になんかならないんだーいッ☆」と調子に乗ってる間、同級生たちは必死に競争していたのだ。勉強していたのだ。

そんな当たり前のことに気づくのに随分時間がかかったが、どうやらもう後戻りはできないようだ。

なぜなら、生きていくにはお金が必要である。

そしてお金を得るには、働くことを止めるわけにはいかない。

同級生と違い非正規社員のボクは、より多く働かなくてはいけない。

きっと、この先50年の人生ずっとだ。

うん、知ってた

仕事より、家族と過ごす時間や、趣味の時間が愛しかったボクにとって、その未来を想像することは憂鬱だった。

もちろん働く場所を選ぶ自由はあるが、きっとどこに逃げても今と大差ない。

いや、だって自分、ザコなもんで

言うまでもなく、ボクには学歴がない。資格もない。控えめにいって「使い道のないゴミくず経歴」である。

そんな人間がどこで働こうが待ち受ける環境に大差がないのは想像するまでもない。

それに、周囲を見渡しても、どこにも楽しそうな大人などいないではないか。

皆、開口一番『自由がない』と口にしている。『大人とはそういうものだ』とも述べている。

もちろん例外もあるだろうが、当時のボクの周りには、目を輝かせて仕事に励む労働者などいなかった。

ボクをふくめ、誰もかれも、輝きのない目で、ロボットのように決まりきった動きと、台詞を毎日繰り返していた。

それが、ボクが夕焼け空につぶやいてしまった理由だ。

『どこに逃げればいいんだろう』

皆目見当がつかず、途方に暮れる。まるで霧におおわれたような気分だ。

べつに贅沢したかったわけではない。

高級車に乗りたかったわけではない。

ブランド品に囲まれて人々から称賛されたかったわけでもない。

両手に美女を抱えたかったわけでもない。

僕はただ『自由』が欲しかったのだ。

仕事より大切にしたい趣味や夢があった。

仕事より家族、恋人と過ごす時間を守りたかった。

行きたいところがあったし、やりたいことがあった。

しかし、残念ながら夢物語だ。

自由への憧れとは裏腹に、毎朝アラームに叩き起こされる日々。

そんな生活が何年か続いた。

第3話 労働ロボット

ある日、同僚のおばちゃんのペットが亡くなった。

普段は弱みを見せない彼女が電話越しにワンワン泣いている。

僕にも愛犬がいるので彼女の心中を察すると胸が張り裂けそうだ。

「今日ぐらい、仕事を休んでいいではないか」

僕は彼女にペットとの最後の別れを噛みしめてほしかった。

しかし、店長はそれを許さなかった。

彼は彼女に対し「社会人としての自覚が足りない」と言い放つ。

「ペットの死で仕事を休むなど言語道断!」

「私心を持ち込まぬのがプロの商売人!」

店長は誇らしげに胸を張った。

あぁ、そう

なるほど、どうやら大人になると、泣きたいときに泣くことは許されないらしい。

「何が大切か」は個人ではなく会社の判断になるそうだ。

しかし個人が会社に歯向かうにはエネルギーがかかる。

感情を持たぬ労働ロボットになり果てた方が楽だ。

ボクは次第に、自分を自動販売機だと思うようになった。

「イラッシャイマセ…」

「アリガトウゴザイマシタ…」

「マタ…ゴ利用クダサイマセ…」

会社からはこのようなことも言われた。

「休日は遊ぶな!仕事に支障が出る」

「風邪でも出勤しろ!仕事は辛いものだ」

理想を語っても虚しいだけなので、ボクは考えることをやめた。

帰宅するとクタクタで趣味のギターを楽しむ間もなくベッドに崩れ落ちた。

うたた寝すると朝になっていて、慌てて職場に向かった。

愛犬の散歩にもいかなくなった。

彼はうなだれて、つまらなそうな表情でボクを眺めていた。

起きて→仕事して→飯食って→排泄して→寝る

まるで家畜のようなスケジュールだ。

なんか…もう嫌

気付けば20代の大半の時間が労働で吹っ飛んだ。

街を歩いていたらモデルにスカウト…などされない。

助けたじいさんがデカい会社の会長で莫大な遺産を…くれるわけがない。

家で寝てたら机の引き出しから未来のロボットが…やってくるわけがない。

何も起きず、何もできず、歳だけ食っていく…。

ようやく自分は物語の主人公ではないのだと気づいた。

ペンも、ギターも、ラクガキノートも、おもちゃ箱に閉まわれていく。

ボクの日常から「創作活動」が消えた。

第4話 大金積んでも、時間と命は戻らない

「死んでしまった」

その、たった一言のメールがポケットに届いたとき、ボクは時給900円でレジを打っていた。

長年家族の一員だった愛犬の死を告げる連絡である。

周囲が無音になり、全身から血が抜け落ちたような感覚を味わった。

「すぐに帰りな、店長には言っておく」

先日、ペットを亡くしたおばちゃんの声が聞こえた。

ボクは慌てて制服を脱ぎ捨て、汗を飛ばして家まで走った。ぜぇぜぇ走った。

僕は彼より仕事を選んだのだ。

数日前から動けなくなっていた彼が、今日にも逝くであろうことを、悟りながら、ボクは仕事にいくことを選んだ。

僕の心の天秤は、愛しい家族との最期の時間より、大嫌いなレジ打ちを選んでしまった。

家に帰ると、西日の射す玄関がガランとしていた。

ボクが玄関を開けると、鼻息荒くシッポをブンブン振り回していた彼が、いないのだ。

それはこの十数年ではじめて見る光景である。

彼は玄関ではなく、リビングにいた。

寝ているのではなく、死んでいた。

シッポは動かなくなった。

予想外の出来事ではない。自然の摂理がようやく我が身に降りかかっただけだ。

変化がない日常に思えても、時間は確実に過ぎている。

その間、ボクも、大切な人達も『死』に近づいている。

「どんなに大金を積んでも、時間と命は戻らない」

幼い頃から言い聞かせられてきた摂理に対し危機感がなかったのだ。

でももっと一緒に居たかった。

疲れたと言わず散歩に行ってあげればよかった。

仕事に行かず頭を撫でてあげればよかった。

先の人生で僕は何度これを繰り返すのだろう?

大切な時間を犠牲にして、何を守ろうとしているのだろう?

それはたった一度の人生より、大切なものだろうか?

生まれて初めて真剣に考えたとき一つの結論が出た。

『自由になりたい』

第5話 みかん箱の上に、夢を託した

1つ明らかなことがあった。

それは、ボクが自由になるには「自分のスケジュールを自分で管理できる立場になる」必要があることだ。

つまり、いまの会社をやめて独立し、自分一人で収入を得なくてはボクは自由になれないのである。

加えて『時間労働』もやめる必要がある。たとえば仕事が忙しくて手を離せないなら独立する意味もない。

ボクが手を動かさなくても、ボクの代わりに働き続けてくれる仕組みを構築できてはじめて、ボクは『自由になった』と胸を張れるのだろう。

ざっくりまとめると、以下の2点を満たす必要がある。

  • 場所に縛られない:日本全国どこからでも仕事ができること
  • 時間に縛られない:自分が動かなくても自動で回るシステムを作ること

んで、調べてみると『その方法は意外といろいろあった』ことを知る。

知らなかった、そんなの

たとえば代表例は、みなさんご存知「You Tube」や「ブログ」である。

もちろん配信内容によるが、どちらも「スマホ or パソコン」さえあれば全国どこからでも配信ができるし、一度コンテンツを投稿すれば1年後も、2年後も人を集め続けてくれる可能性があるので、時間労働にはならない。

たとえば人気You Tuberヒカキン氏が、何年も前に投稿した『アルミホイルを叩く動画』がいまでも再生され続けるように、ネット上に投稿されたコンテンツは24時間、395日自動で人を集め続けてくれるのだ。

事実、そのように暮らしているブロガー、ユーチューバー(当時はそんな名称なかったが)という方々は数多い。

彼らは会社に属さない一個人だが、立派に(むしろ羨ましいぐらいイキイキと)暮らしていて、しかも傍からみれば「好きなこと」をしているようにみえた。

たとえば音楽が好きな人は音楽配信をし、絵を描くのが好きな人は絵の描き方を教えるサイトを運営することを仕事にしているようだ。

もちろん、その裏にどんな苦労を抱えてるかは知る由もないが、少なくとも「毎日やりたくもないレジ打ちをしてる自分」よりは輝いてみえた。たとえそれが裏で過酷な労働をしていたとしても、だ。

これは、自分と相性が良いかもしれないぞ。

ボクはとりあえず、バイトの合間にポツポツとブログを書きはじめた。

映画鑑賞が趣味だったので、視聴した映画の見どころを紹介するサイトを運営してみたのだ。

自分のパソコンがないので家族のパソコンをこっそり借りた。

部屋に机がないので、みかんの段ボールの上にパソコンを置いた。

十畳に満たない部屋のみかん箱の上に、無限の夢が広がった。

第5話 監獄の扉が開いた

それから1カ月…。

いつものように仕事でクタクタに疲弊した僕は、波打ち際のトドのように横になってテレビを見ていた。

↓こんな状態

TVでやっていたのは、無実の罪で捕えられた男が監獄から脱獄を試みるドキュメンタリーだ。

映画「ショーシャンクの空に」によく似た話である。

「そろそろ明日の出勤に備えて寝なくては…」

そんな眠たい想像をしていた僕は、主人公の男と大差ない。

僕は罪を犯したわけではないが会社という牢獄に囚われていた。

囚人服を着て、スケジュールを管理され、意志と反する行動を強要される主人公が、自分と同じように思えてしまう。

ふとスマホがバイブし、見慣れない件名のメールが届いた。

ざわっ…と、心の中に風が吹き荒れた。

あ…?

恐る恐るメールを開封すると…それはブログから収益が発生したことを知らせるメールだった。

もちろん、バイトを辞めるには遠く及ばない金額である。だが、ボクはスマホの画面を開いたまま小刻みに震えた。

拳を強く握りすぎて、てのひらに爪の痕がついた。

閉ざされていた監獄の壁に、ボコッと穴が空いたような気分だったのだ。

そこから、新鮮な空気が流れ込み、日常を覆っていた霧が晴れていくのを感じた。

ちなみに、TV番組の男は見事に脱獄を果たし自由になっていた。

第6話 大人、やめました

「やめます」

ボクが会社にそう告げたのは、28歳、初夏のこと。

ブログをスタートして約半年後である。

理由は単純、ストレスが限界まで達していたのだ。

クリエイターとしての収入はまだゼロに近く、手元にあるのは有給の8万円だけだった。

とてもじゃないが、会社を辞めて食っていける状況ではない。いわゆる見切り発車である。

でも晴れ晴れとしていた。

昨日と同じ世界がキラキラ輝いて見えた。

同僚には「おかしな人だ」と笑われた。

先輩には「絶対に後悔するぞ」と言われた。

親には「ただただ心配」と言われた。

8万円で生活できるのは2カ月が限界だった。

だが、どーでもいい。

不安より、恐怖より、キラキラ輝く世界の魅力が勝った。

結論からいうと、それから6年間、ボクはブログで飯を喰い続けている。つまり、このリスキーな試みは成功したのだ。

ブログに自分の興味、関心があることを書いて発信するのが、ボクの新しいライフワークとなった。

※ただ真似するのはおすすめしない。自分でいうのもなんだが見切り発車は賢い選択とは思えない。

第7話 ここはネバーランド

「生きる」のは大変である。エネルギーがいる。

もちろん「お金」も必要になるが、これを得るのがまた大変。

たとえば、ボクは数千円を稼ぐためにどれだけの時間をレジ打ちに消費しただろう?

どれだけ誇りをすり減らしてきただろう?

どれだけ怒られ嫌味を言われただろう?

「労働の対価に支払っているのは、命と時間と、尊厳(プライド)」

アルバイト店員だった頃のボクはそう信じて疑わなかった。

お金を稼ぐには、尊厳を失わなければならないと思っていた。

だがそれは、あくまで「小さな世界での常識」だと、今なら思える。

会社をやめたボクは明らかに以前より『自由』になった。

バイトの予定で埋め尽くされていたスケジュール帳は突如真っ白になり、その空白に自分の都合であれこれ予定を書き込めるようになった。

今日はなにをしよう?

明日はなにをしよう?

まるで知らない島で地図を広げて冒険するような気分である。

「絵を描くもよし」

「音楽をつくるもよし」

「ゲームをつくるもよし」

みかん箱の上のパソコンに夢を託して1年、ボクの毎日に「創作活動」がもどってきた。14歳の頃以来だ。

ボクはこのワクワクした感覚に覚えがある。

この景色は、子供の頃に見たことがある。

大人になることを拒否した迷子達が自由に暮らす島、ネバーランド。

この生活はピーターパンやロストボーイズ達の暮らしそのものだ。

「あぁ、ここが僕が望んでいた世界だ。これから生きていく世界だ」

僕は今まで信じていた世界に別れを告げ、ネバーランドで暮らす決意をした。

第8話 「かおプロジェクト」

みかん箱に夢を託してから5年の月日が経過した頃。

ボクは5月の独立記念日に山奥のカフェをおとずれていた。

カフェにはアトリエが隣接されていて、フリーのクリエイターがつくった作品が展示されている。

ポストカード、アクセサリー、絵画…。

家族をモデルにしたことを、うかがわせる作品もある。

おそらく愛犬をモデルにした作品も。中にはホコリを被っている作品もある。

「ほぇー」と唸ってしまう作品から、明らかに拙い作品まで様々だが、そこには『温かさ』があった。

「スーパーやデパートでは売られず、大金も生み出してないけど、好きなモノをつくれて幸せだった」

まことにお節介だが、クリエイターの方々のそんな心の声が聞こえてくるような空間で、胸が絞めつけられた。

ボクは愛犬の様子を思い出した。

両足の間に頭をうなだれて、飼い主を待ちわびているあの様子だ。

ここに並べられた作品の数々が、まるで飼い主を待ちわびる犬のように見えてきたのだ。

もし、ここに並ぶ作品が「飼い主」と出会えたら、より幸せになれるんじゃなかろうか。

そしてこの場所以外にも「飼い主」との出会いを待ちわびる作品が数多くあるのではないだろうか。

それは自分の作品かもしれないし、顔も知らない誰かの作品かもしれない。

1つ確かなのは「作品を作る人」「その作品を気に入る人」がつながれば、双方に幸せになれる可能性が高いことである。

ボクはアトリエで出る頃には『クリエイターとファンをつなぐ仕事がしたい』と思うようになっていた。

手始めに思い立ったのは「ゲーム実況」である。

帰宅すると、すぐさまAmazonと楽天で必要な機材を買いそろえた。

今やっている仕事と並行すると時間が失われるので、仕事はすべて捨てた。

5年前と同じく、またも見切り発車である。

まるで積木をぶっ壊して次の作品をつくるような人生だ、悪い癖である。

だが、これでこそ我が人生ッ

翌日にはすべての機材がとどき、さっそく活動をスタートした。

目的は2つ、

  • 「作品を作る人」「その作品を気に入りそうな人」をつなげること
  • ついでに自分も作品発表してちっぽけな自己顕示欲を満たすこと

プロジェクトの名前やマスコットキャラはすでに決まっている。

ボクはプロジェクトに天国の愛犬の存在を忍ばせた。

名前は「かおプロジェクト」となった。

最終話 だからボクは、今日もブログを書く

今この文章を書いている時点で、かおプロジェクトのスタートから1年が経過している。

その間は紆余曲折、山あり谷あり…。この間の様子を振り返ったマンガをPixivFANBOXにリリースしているので、よかったらご一読ください。

もちろんまだ道の途中だが、いまのところ楽しくやっている。

たっつーのファンアートを描いてくださるファンの方もいた。

そういった方の絵をリツイートし、ブログやYou Tubeで紹介し、さらなるファンとつなげていく。

小規模ながら、当初やりたかったことが徐々に形になってきたようだ。

もちろん、まだまだ規模を大きくする必要がある。

綺麗事を抜きに語ると、自分に影響力がなけりゃ人と人をつなげることなどできやしない。

ボクを介してクリエイターとファンがつながれるようなインフラを作るには、もっと「かおプロジェクト」の知名度を高める必要があるのだ。

だからボクは今日もブログを書く、絵を描く、曲をつくる

1枚でも多く、1秒でも短く、1日でも早く

そのために論文を読む、本を買う、サプリを飲む、食事管理をする。

その先には、ピーターパンとロストボーイズが楽しく暮らすネバーランドのように、ボクとクリエイターの方々が楽しく暮らせる毎日が待っている…ような気がしている。

この物語は現代ではありふれた物語である。

けっしてボクだけが特別だったわけではない。

『人間万事塞翁が馬』

人の数だけドラマがあるのだ。

ボクは、自分に世界を変える力があるとは思っていない。

全ての人が自由を目指すべきとは思ってない。

従来通りの世界で生きたい人は好きにすればいいと思う。

ブロガーにはギラギラした方が多く、積極的に自由な生き方の普及を頑張っている方々もいるが、ボクの人生観は14歳の頃から一貫して『好きなことやれりゃ、それでいい』だ。

しかし、かつてのボクのように悩める人たちに前例を示し、灯台の灯りのような役割を果たせたらいいな、という人情はある。

当サイトではボクの「体験」「経験」「得た知識」を、ジャンル無視でひらすらアップしまくっている。

その中のどれか1つでも、あなたがこれから自由に羽ばたくための役に立てば幸いだ。

僕はこの数年間で学んだ。

人生にはリセットボタンがある。

もちろん過去に起きた出来事は変わらない、しかし意味を変えることは可能なのだ。

もしあなたが「自由な人生」に興味を抱けないならそれもかまわない。

現状に不満がないならボクのことは忘れていただいた方が賢明だろう。

僕が生き方を示したいのは『我慢』をしている方々に対してだ。

好きなことをやりたいだけなのに、社会不適合者という意味不明なレッテル貼られ苦しめられている方々である。

もしあなたが『今より良い明日を目指したい』と願っているなら、当サイトの情報はお役に立つはずだ。

最後に、ネバーランドの案内人であるピーターパンが、ウェンディ達に言い放った言葉で締めよう。

『You Can Fly!! (君も飛べるよ!)』

作者情報:たっつー/かおプロジェクト

  • たっつー(@kaopro1):♂/フリークリエイター歴14年/ブロガー歴6年

最後までご覧いただきありがとうございました。どうぞ引き続き、当サイトをお楽しみくださいませ~。

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